狂ってなければ面白くない

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仕事を早退した。理由は3つあって1、単純に体調が悪くなっていた2、午後からの仕事に人手が余っていた3、「古いエロ本拾いに行かない?」と声をかけられた。あまりに寒くてストーブに着火した午後、「お先に失礼します」と家に帰る。電話する。エロ本がわんさか落ちている廃屋に連れて行ってもらった。そこはとある場所にある農家の廃屋で、倉庫は古いが家はまだ新しい。「50万だって」と言う。そんな値段で土地付きの家が買えちゃうあたり、実に北海道なのだ。安い理由は中に入るとわかる。完全に遺族に見捨てられたような、生活そのままが残っている状態だった。これを掃除して、不動産屋に登録して、高く売ろうとするならば数か月かかるだろう。それなら、その期間で働いた方がマシだ。そんな廃屋にずかずかと入り、いろいろ物色する。管理人の許可はとっているとはいえ、ちょっと気が引けた。だが、いらなければすべて捨てるという。ならば、面白い本だけでもいただいてしまおう。エロ本はさて、おもしろい。ああ、この本、中学時代に買ったなあ・・・というベストビデオやスコラなどがあった。PLAYBOYやエロ小説があった。すべて、仕事の糧になる。エロライターとしてある一部で働く私にとって、これは仕事だとおもった。人間の情欲に古いも新しいもないのだ。ただ、言葉だけはリニューアルされていく。表現していることは同じなのに、そこが面白い。そして、ごみ袋いっぱいになったところで、ギブアップした。とんでもない量なのだ。案内してくれた人は「1人で作業していると、頭がおかしくなってくる」というが、それもそうだろう。これだけの人間の情欲を受け止められる人は少ない。エネルギッシュな人だったのだろう。性のチカラを感じた。

性。狂っているほどの性欲。でも、それが人間の根本だとしたら?人は狂っているのが当たり前と言うことになる。「狂え、狂え、一期は夢よ、ただ狂え」という狂歌がある。一期、すなわち生まれてから死ぬまで。ただ狂うこと。それが性でも、バイクでも、NPB観戦でもいい、ただ狂え。それが人間なのだ。その狂気の純度を高めた先には、結晶化された美しさがある。例えば、加藤一二三。ひふみんのエピソードはここで紹介するほどでもないけど、棒銀という将棋の戦法というか、当たり前になった常識を作ったのは彼だ。将棋以外のことはできないだろう。だからこそ、結晶化された美しさがある。他人に遠慮したり、迎合したり、社会人としての常識なんて身に着けるのもいいけど、狂気だけは忘れてはいけない。それが、おそらく、人間の、エネルギー炉だ。

こんなことを書いておいて、これから仕事に行く。とてもまともな職場だ。人間はほおっておくと狂気に支配される。保険屋なんてそんな感じだった。いかに自分は狂っているか?ということを競っていた。だから人間、嘘のベールをめくっていくと、核心には狂気がある。それを見せないのが、上手にやっていくコツだ。

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