残りの時間と一周忌

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父親が亡くなって1年が経過した。仕事の休みをいただいて実家に帰る。平均寿命まで生きた父は、最初に大病したのが55歳の時。私は大学生だった。それから近代医学のおかげもあって、20年生きることができたのだ。大学生だった私は40過ぎのおっさんになった。

「あと、15年」と思う。何かを始めて、燃え尽きるまでやるなら丁度いい期間だ。ライダーハウスだって、旭川の時代を考えれば13年やった。15年経ち、56になった私の体が、どこまで動くかわからない。ひょっとしたら、何も起こらないかもしれない。普通にライスに働きに行って、リフトに乗っているかもしれない。そんな人はいっぱいいる。だから、無駄な期間設定かもしれない。それでも、残り時間を意識してしまう。

残り時間、なにをやるべきなのか?頭がぐるぐるしている。今の仕事がずっとあるとは思えない。工場の仕事は、きっと移民政策によって大きく変換するだろう。ライターの仕事だって水のようなものだ。どこかにサラサラと流れてしまうはず。それに、欲しいものはあまりない。

毎朝3時に起きて、朝日がオプタテシケの後ろから登ってくる景色に感動している。これ以上、何を求めるというのだろう?美しいものが目の前にある。やりたい仕事がネットに落ちている。お金は工場でもらえる。しあわせにしたい人がいる。おいしいご飯はじぶんで作れるし、異常に目立つ建築と電車に住んでいる。自分は何一つ飢えていない。

神様。と思う。空飛ぶスパゲッティモンスター教の私にとって、神様とはアメリカの大学生が作った謎の生命体で、そんなものはもちろん存在しない。だけど、人生の残り時間を計算し、自分が何一つ飢えていないことを意識したとき、その存在をちょっと意識せざるを得ない。

一周忌はつつがなく終わった。スパモン教から見れば、謎の風習である。地球がぐるりと太陽の周りを一周し、宇宙の3次元的ポイントに再びもどった(静的宇宙の場合)。もし、魂がそこに固定されているのであれば、きっと1周忌は物理的意味があるのだろう、でもきっとこれは遺族のためのイベントだ。

1年間、いろいろあったなあ・・・後期高齢者の医療補助の計算とか、法務局に行って書類を作成するのに何度も往復したり、住民票を取りすぎて少し無駄にしてしまったり。それが落ち着くと、自分の仕事をして、ライターでも何とか10万以上は稼ぐことが分かったり、選挙の手伝いをしたと思ったら、ライダーハウスが閉鎖になったり。閉鎖になったからいろんな山に登れて、20㎏の荷物を背負って10時間ぐらい歩くこともできるようになった。工場の新しい仕事はいろいろ混乱したり、土着の神、産土神について勉強したりした。「生き方を見せろ」と言われたりもした。

俺の生き方?そこらへんにある、なんでもない岩。なんでもない景色。なんでもない中古PCや、なんでもない川。毎日食ってるなんでもない食べ物。なんでもない時間。木、草、水、スズメ、カラス、アリ、コーヒー、雲、稜線、内燃機関、畑、水田、時間通りに来るバスや列車、時間通りに来ない仕事の担当者、アスファルト、鉄、そしておそらく15年後ぐらいにやってくる病にまで価値を与え、愛することだ。感謝し、苦しみ、そして微粒子レベルまでこなごなになりたい。それができれば、どんなに幸せな事か。らーめん。

※空飛ぶスパゲッティモンスター教とはどっかの学生が授業中に妄想して、実験として作ったジョーク。だったはず。「アーメン」という代わりに「ラーメン」という。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A9%BA%E9%A3%9B%E3%81%B6%E3%82%B9%E3%83%91%E3%82%B2%E3%83%83%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E6%95%99

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元ライダーハウス蜂の宿管理人のブログ

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