誰かのために生きなくてもいいらしいよ

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工場では3か月契約の人たちが最後の出勤日。私は朝から頭がぐっちょんぐっちょんで、どうやって女のエロい部分を言葉で表現できるかについて考えてました。んぱっ!と布団の中で目を覚まして、とりあえずストーブをつけて、それから布団に戻る。「やっぱりおっぱいだよ」「わかってないなあ、尻だよ」「セイキこそが神だね」「ニオイ・・・汗・・・」「骨格!骨格こそが男女の分け隔てる最大の谷であります!」「瞳、そしてそこからの遺伝子」と脳内会議はうるさい。1時間ほど、そんな暖機運転をして、PCに向かって仕事する。テレビではホテル・カルフォルニアの話をしていた。イーグルスの名曲である。私はてっきり「カルフォルニアのホテルはサイコーだぜ!」という曲だと思っていたら、物質文明のやりすぎた贅沢から逃げ出せない人間たち、という重いテーマがある曲らしい。へぇ。結局そのあと室内楽のコンサートに番組は切り替わり、仕事はスムーズに終わった。朝の仕事終了。写真を撮って、ブログ書いて、出勤する。

3か月共に働いた彼らとお別れのあいさつをする。旅をしていて私も感じたのは、その表面性だ。見えるところだけ見ても、それは見てもらうために用意されたもの、に過ぎないのではないか?ということで、話はずっと前に訪問したベトナムの小さな町に行った時の事。よく知らない町に下ろされて、朝、市場を見学して、ふらふらと歩く。地元の人たちがかっこんでいるベトナムうどん屋で一緒に食ったり、アイスコーヒーをおごってもらったりと調子に乗っていた私は、よくわからない路地に入っていった。そこには数名の男達。「そこ入ってもいい?」とジェスチャーで聞いたらダメだと手をフリフリされる。あ、ここから先は観光では入ってはいけないのだな・・と思った。

その土地で、働き、生活する。その深さだって旅だ。3次元的な深さを持つことが出来れば、きっと有意義なものになる。そんな意味も込めて、工場とのパイプをつなげていたけど、それも大きなお世話だったといわれる。なるほど、いろんな考え方があるものだ。

社会なんておばけ煙突のようなもので、観察者によってその姿を変える。見たいようにしか見えない。愛にあふれているとみれば、愛にあふれているし、生き馬の目を抜く修羅場であると見れば、そうなのだろう。ベトナムのあの路地だって、ただのプライベートな空間だったのかもしれない。ただ、自分がそう感じただけで。

「人のためとか言ってないで、他人にいろいろ押し付けないで」という漫画がある。古谷実の「サルチネス」全4巻だ。間違いなく名作なので、読んでほしい。サラッと読んでしまったら、その深さが良くわからないようになっている。中途半端なギャグ漫画と思っている人もいるだろう。久しぶりに読み返す。いい作品だ、とても深い。

旅人のためとか、他人のためなんて言ってないで、自分のために生きる。そんなことを、いま考えている。そして、お金って基本的には「あなたは役立ったからあげる」と他人からいただくものだ。何も考えず、お金だけを追っていい。ということで、今日も出勤します。

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元ライダーハウス蜂の宿管理人のブログ

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