地獄に落ちなければ悪魔の心臓はつかめない

Uncategorized

人間のエネルギーってどこから湧いてくるんだろうか?今週は裁判傍聴に通ったんだけど、うち2回は空振り。スケジュールの変更があったのだろう。片道1時間弱のアイスバーン、趣味なのにこれを続けるってかなりのエネルギーだ。だけどやめられない。それは俺の出歯亀根性がいやしく作用しているってことなのだが、その腐った根性こそがエネルギーなのだ。俺のエネルギーは間違いなく裁判所の法廷で生まれる。それは間違いない。

ほかにもホレた山に登ったり、天気のいい日にバイクで走ったり、誰もいない川で魚とバトルする瞬間にエネルギーが湧いてくるのだ。このエネルギーを使えば、なんでもできるだろう。俺は常にエネルギーを求めている。そのエネルギーを生み出す心臓を掴むことが出来るなら、地獄に落ちても構わない。

困ったことに、俺には金が必要なはずだが、金に向かってエネルギーが湧いてこないのだ。仕事は好きなのだけれど、リッチになりたいと思わない。気がつけば貯金があったぐらいのめちゃくちゃなキャッシュフローで生活している。これもおそらくエネルギーを生み出す心臓の性質のせい。

岡本太郎は「死に対面するときだけ生がある」という。死からとおざかるしあわせとか、物質、制度をとことん嫌った人だ。自分の目の前、手の届くところに死があったらとイメージする。それは地獄だ。だけどエネルギーが湧いてくる。

コメント