破壊しなければいけないよ

解体により毎日、大量の木材が生まれている。その木材が欲しいと連絡があった。聞けばドッグランを作るのだと言う。ならば最適じゃないか。どーぞ持ってってください。いい感じに廃材置き場のボリュームダウンになった。軽トラでやってきたその人を放置して、自分は今日もドリドリとぶっ壊す。残りはわずかではあるが、手ごわい部分が残っている。階段。両端。これでもかと、強度を上げた個所なのだ。「なんでこんなところに・・・」と我ながら思う。たとえば、見えるネジ穴はすべて外したはずなのに、しっかりと固定されていたりするんだけど、バールでこじ開ければまるで隠れていたような箇所にドリルで固定されているのだ。なるべく綺麗に解体して、木材はだれか使いたい人に上げたかったのだけれど、こんな感じでどうしても釘が出ていたりする。

手ごわい箇所
階段部分

この階段部分を作った時は、金も無ければ車もなかったので悩みながら作った思い出がある。小銭が貯まればホームセンターに行っていた時代だ。ツーバイフォーは1本250円ぐらいだったかな、それを買うことが出来なくて、自然の流木とかを拾ってきた。ノミで彫ってはめ込んで、ドリルで固定した。そんなブツでもしっかりとしていて、何度も何度も駆け上がるように登ったけどびくともしなかった。「よく作ったなあ・・」と過去の自分と向き合う感覚で破壊する。

外に置いていたドリンクを飲むと氷が口に当たった

そんな思い出のつまったブツなのに、なぜ壊すのだろう?と考えた。ただ「壊さなければいけない」と感じていたけど、その理由を言語にできなかった。考える。考える。考える。1つ、間違いないのは「美しいものを作りたい」という欲求だ。ここの建物群をすべて壊せば、400坪だとかいう、広い土地になる。スッキリと綺麗になるだろう。「ここだけ異様な雰囲気だよね」と地元住民からは言われていたし、その異様な場所が、どこよりも美しい、無、になれば痛快じゃないか。


外で焼き肉、白樺の皮を焚きつけに使うとこんな感じになる

それに自分自身のためでもあるよ。この土地を再利用する、しないにかかわらず、ここの土地の価値を高めることは大切だ。購入する意志は見せているけれど、綺麗にしておけば、だれか他の人が買いたいと言ってきてくれるかもしれない。新しく宿を建てるにしても、とにかく綺麗にしないと始まらない。それに公的な審査を通すためには、あの廃墟の場所というイメージを払拭しておくべきだろう。建物の印象は、そのまま自分自身だ。まさに生き写しであるこの建物があるから、次に進むことが出来ない。

ほぼむき出しになった

『左手はあけておけ』という言葉がある。何かがやってきたときに、両手がふさがっていると掴むことが出来ない。だから左手はその時の為に開けておくべきなんだ。新しい話がやってくるには、とにかく建物を壊し、自分をゼロに近づけておくべきだと思った。おもいでは頭の中にあれば良い。建造物として残すべきではない。誰もが使いたくなる広い土地。心が澄むような風景。それだけあれば十分だ。左右の足があればどこまでも行ける。

ホッカイダーの小原さんがやってきた。旭川の隣町にあったライダーハウスの後に入ったのを知っていたので「どうですか?」と聞く。あちらでも木材は余っているらしい。それからいろいろ話をした。「なんにせよ新しい話を産み出すには、これが建っててはいけないと思ったんですよ」と言う。いつまでもこれが蜂の宿じゃい!と異常なDIY建築物をアピールしていてはいけない。それなら・・と、コロナ関係の助成金の話をおしえてくれた。

そんな久しぶりに前進している感覚があった日。

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