小説の練習:ジャンピントゥボンネッター

仕事でバイクに乗っている。人には言えない仕事だ。法定速度を無視して、物をA地点からB地点まで運ぶ。それに対してちょっとだけ色を付けた送料をもらうのが俺のスタイルだった。「それってバイク便でしょ?」と思うかもしれないが、実際に俺の仕事を知ったらそんなことは二度と言わなくなるだろう。そこら辺がくやしい。俺は俺のスキルを使って、俺にしかできないことをやっているのだが、人には言えない。だからこうやって文章に残している。俺が死んだら、つまりこれをもしあなたが読んでいるなら、俺はきっと死んでいるんだろう。それでいい。人間はいつ死ぬかなんてわからないのだし、きっともういつ死んでも後悔はしないはずだ。だから大切なのは、いま、何をするか?ってことだ。いま、俺がやるべきことはちょっと昔の仕事を思い出して書くことなのだ。

これから「バイク便でしょ?」と言われた仕事について書く。実際に言われたこともあるんだ。「バイク便でしょ?」と言ったのはアカネと言う女で、この時の俺は最高に酔っぱらっていた。肝臓が真っ黄色になるぐらいまでウィスキーを飲んでしまって、ついつい仕事の話をしてしまったんだ。この時の自分を殴りたい。

「違う。バイク便なんて甘い速度じゃない。俺のGSX-Rは地上最速の乗り物だ。東名高速を光のように駆け抜けるし、ポルシェだって敵ではない。」

「車より速いの?」

「当たり前だ」

「何を運ぶの?」

「なんでも運ぶ。人だって運ぶ」

「じゃあ、私を連れてって」

こんな話をしてしまったのだ。この時いらい「バイク便っぽい」仕事の事を話したことは無い。だから名前を付けようと思う。bin。どうだろう?ちなみに、俺の表の顔であり、もう一つの収入源であるbarの名前でもある。binに来る客はまあ普通のOLとかそれを狙った男とか、人生に疲れちゃったおじさまとか、変わったところで眼鏡をかけた老婦人とかいる。19時ぐらいから準備して20時には開けるけど、だいたい客が来るのは21時。しかも「カレー!」ってオーダーもある。こんな夜にカレーかよ、とおじさんのビアダルの様な体形を笑ってしまいそうになるが、実はカレーのオーダーは割とうれしいのだ。binは非常にシンプルなバーで、カウンターに10席ほど、2人テーブルが2脚しかない。マクレガーのしつらえでBGMは60年代のアメリカが持つソウルがこもった音楽しかかけない。そこにカレーなのだから、いろいろぶち壊しているかもしれないが、そこらへんをわきまえた人がうちの常連だ。バーにカレーという禁異を受け止める、脳みその柔らかい客を相手に糊口をしのいでいた。もちろん、そんなんじゃ経営は成り立たない。社会と資本主義は許してくれない。だから自分の才能を金に換えるのだ。

binの始まりになったきっかけが常口という男だった。「ツネグチ」という名刺を見て「はぁ・・」としか言えない俺に「ちょっと運んでもらいたい物があるんです」という仕事を請け負ったのだ。明日の朝までに福岡まで届ける書類だったりとか、SDカードを埠頭で釣りをしている男に渡すとか、世の中にはいろいろ仕事があるものだ。俺の様なレーサー崩れにツネグチは実にいい仕事を回してくれた。そんなよくわからない収入でバーを立ち上げ、もちろんツネグチは最初の客になった。binの売り上げはコンクリの腐ったビルの地下の家賃や光熱費を支払えば消えていくほどだったので、ツネグチの仕事は俺自身を生かすのに必要だった。

「人を頼める?」とツネグチが行ったのはbinを立ち上げた後の最初の仕事だった。「その人?」とツネグチの後ろに立っている男を見る。「どーも、イケシタです」とその男がへらへら答える。「そう、東北自動車道を北に向かって明日の5:00、この車に横づけしてほしい」「その車がいなかったら?」「ちゃんと追跡してあるから大丈夫」「横づけしてどうするの?」「その後はイケシタが全部やるから」「わかった、いいよ」こうして俺は、あの忘れもしない仕事にでかけたのだ。

ツネグチからもらった妖しい薬を飲んで、俺はイケシタをリアシートに乗せて出発した。180㎝はあるイケシタの体を乗せるとGSX-Rはサスを沈ませる。対象の車がどれぐらいのスピードで走るか知らないが、このままでは良くない。アジャスターを使ってややソフトにサスを変更する。インカムの調子を確認してから、朝焼けに向かって走り出した。高速に乗るとすぐに「100㎞で巡航してくれ」とインカムに無線が入る。知らない声だ、だが従った。よくわからない薬で完全に覚醒している俺としては、ぬるいスピードでツーリングのように走る。走行音、カム、シャフト、ボディのねじれ、ピストンの鼓動、ギャップを拾う、それを吸収するサス、タイヤの温度を感じながらアスファルトに噛みつく「もっと!開放してくれ!」とGSX-Rがもだえるが、俺は優しくなだめすかせる。何台も車に抜かれる。朝からごくろうさん。すると「そろそろだよ!」とインカム。後ろのイケシタがハンドサインで250と指示してきた。そして3,2,1、go!!「イケ!」アクセルを開放する。エンジンが吠える、すぐにシフトアップ、GSX-Rにシンクロするように車が追いついてきた。写真で見た車。やくざが乗るような高級セダン。狂ったスピードでほかの車を一気にブチぬいていった。

高速域にはいりサスのしなり、ボディの歪みに変化が現れる。簡単なギャップで空を飛びそうになる。とおもったらレールの上を走るかのように安定したりなど暴れ出した。セダンは俺の存在に気付いたのかさらにスピードを上げた。空気が塊となって俺を引きはがそうとする。センターラインが白いレーザーのように繋がり、車体の微細な振動を強引に押さえつけた。深くかがみ、前方をにらみつけた。空気は重い塊となって俺たちを包んでいた。手を伸ばせば、きっと吹っ飛ばされるであろう。そんな状況で後ろから手が伸びて来た。コンコンとノック。横につけろ。俺はさらにアクセルを開放し、GSX-Rはそれに答えた。

セダンの左リアタイヤぐらいに追いついた時、たばこの吸い殻をまかれる。予想していたのでそのまま耐える。セダンが軽くケツを振るが、向こうもこの速度では大きな操作はできない。シンクロするように、セダンの動きに合わせて加速した。目の前から200㎞で車がやってきた。コンマ数秒で左に逃げる。「ィビィ!!」と空気の音。最小の動きで路側帯に逃げたが、セダンは車線を変更したのでその差でヤツの鼻先につけることができた。コンコン、ハンドサイン、オッケー!

リアサスが深く沈んだので、後ろをのぞく。そこの光景が信じられなかった。イケシタは狭いGSX-Rのリアシートに立ち、サスの反動を使ってジャンプしたのだ。速度はシンクロしているが、叩きつける風圧によってミンチになるしかないだろう。まるでいつもやっているみたいに、ポン、と飛んだ。イケシタの蹴った反動がバイクに伝わる。セダンのフロントに着地し、すぐに風圧から身を守っていた。あっけにとられた俺はイケシタのその異常な行動を見るしかない。銃の様な物を取り出し、フロントガラスを割った。イケシタはこっちをみて「シッシ」と手を振る。これ以上、ここにいない方が良いだろう。パニックになる車内を見ると、そこにアカネのような女がいたのが見えた。

店を開けるために戻ると、そこにはツネグチがいた。「ありがと、これ報酬」と金の入った封筒を手渡してくる。「成功したのか?」「おかげでね」「あれはどんな仕事だったんだ?」「聞かない方がいいよ」「そうか」「仕事のこともしゃべらない方がいい」そう言ってツネグチは出て行った。店を開けてカレー作っていたらイケシタがやってきた。「朝はどーも」「ケガはない?」「ないよー」「何か食うか?」「カレーある?」「たまたまあるよ」「ちょーだい」「いいよ」「あと、仕事のことは喋らない方がいいよ」「ツネグチにも言われたよ」「アカネちゃんは帰ってこないよ」「・・・そう」「カレーうまいね」こうして、binの初めての常連が生まれた。

コメント